昭和15年1年間の日記が父の没後、出てきた。縦書きを横書きに入力してみた。

上の写真は、日記帳に挟まれていたビラやメモや印刷物である。昭和15年当時の世相を感じさせるものである。

** 出てきた昭和十五年(1940) 當用日記 に就いて

 

父、平成1923日に亡くなった。行年85歳。


亡くなってから1年後に偶然、金川町の家で、青い紙袋に入ったこの日記を見つけた。

几帳面な父の事で、不思議ではなかったが、戦争のことは饒舌に語る父の面影は感じれたものの、真面目一本、生涯現役であった父から自分の青春時代の事は、ついぞ聞く機会を逸していた。見つけた日記をめくるとそこには、父が18歳の今で言う高等学校(父は会津若松商業学校を出ている)の3年生の姿があり、4月には東京に出て就職する様子が書いてあった。人生の分岐点の1年の姿があった。読むうちにこれは、ぜひ活字にして残したいと思い数年前から、ページをめくって読みながら、これを作成している次第である。太平洋戦争直前の横浜の生活の一端がそこには書かれているので、その当時の雰囲気を感じ取ってもらえるのではないだろうか、そんな思いを抱きながら、また若き親父の姿を想像しながら作る事ができた。


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昭和十五年(1940)にタイムスリップ
高校を卒業していざ実社会へ父の就職1年目の出来事
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父の日記 昭和十五年1月
高校生であった父が日記を書き始めるところ、1月分である。
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2月の日記
雪の中での生活が見て取れる、学校(商業)との繋がりがわかる。
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  学生生活もあとわずか、いよいよ卒業へ向けて動き出す。

日記の続きは、次のページで!!