初めての『四ツ目垣』作り

 4月8日(日)に先輩に導かれた講習会で『四ツ目垣』作りを体験した。昼を挟んで4時間余りの実習だったが、意欲の高い人たちの集まりでしかも経験豊かな先輩に恵まれて、新鮮な体験をさせていただいた。大いに勉強になった。先人の竹の特性を見極めた数々の知恵がいっぱい詰まった生垣は、ひたすら自然にやさしく、合理的に作られていた。竹の見方から、美しく見える使い方、竹の切り方、釘の使い方、竹の打ち込み方、水平の取り方、太さによるバランス、緩まない棕櫚縄の結び方、何度も男結びで、締めてはやり直して、しっかりした垣根が、十数人の手を通して出来上がった。写真はネットから取ったイメージである。造園士は写真のような生垣は2時間かからないで作ってしまうそうである。素晴らしい技である。講習会に入会して、色々学べそうである。楽しみである。

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2018佐倉朝日健康マラソン挑戦す

 3月25日(日)晴れ、気温20度越えの中、マラソンにエントリーした。今回で4回目の挑戦となる。狙いは、3時間45分を切りたいという目標だった。9時過ぎに、3時間30分から4時間のところに並んでスタートを待った。スタート10分前頃に3時間45分のペースメーカー2名を発見、よーしこれについていけばいいね、と思ったのがそもそもの間違いだった。スタートしてから1,2キロほどは難なくついていけたが、そのあとがよくないペースが上がってこちらのオーバーぺースになってしまった。気が付いた時には大分オーバーペースおまけに気温が高いと来ているので、発汗がすごくなってしまって体力を消費した。自分のペースに戻して、何とか20キロ付近まではもったが、体が重かった。そこから右足の膝に痛みを覚えた。この段階では初めてだった。だんだん痛くなる。普通であれば痛みを堪えて走るのだが、今回は心が折れて、歩く始末となる。20キロ台30キロ台は歩くのと走るのとの繰り返しとなった。次々とペースメーカーが通り過ぎる。最後の3キロは走り切ったが、2年前の記録に比べると40分程かかった。1年振りのフルマラソンはまた試練を与えてくれた。奥が深い競技である。川井塾の他のメンバーも苦労したようである。素晴らしい花見の一日だったが、マラソンはきつかった。高橋尚子と有森裕子は微笑んではくれなかった。

 

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ThinkPad T410Sのセットアップ

 以前にThinkPad  T410Sを手に入れた。その時の状態は、液晶に線が入り、キーボードもなし、HDD、メモリもなし、おまけに電源を入れるとFANerrorが出る始末の1台である。暇を見てトロトロ修理にかかった。オークションにてキーボードを買い、液晶パネルも買った。最初は液晶パネルの交換である。本体を分解していき液晶パネルを外した。さらにマザーボードも取り外してFANをダストブロアーで丁寧に掃除した。ついでに液晶パネルのコネクタやキーボードのコネクタ部も掃除しておいた。そして液晶パネルを交換して組み立てて電源を入れてみた。そしたら、以前のFANerrorは表示されなくなり、液晶もバッチリ映った。BIOS画面に入れた。第1段階はクリアーした。以前にHDDからSSDに換装しているので、この機種も換装を考えてみる。HDDの規格は1.8インチ4mmであった。なかなかないよねという感じだった。そこでHDDを入れる部分に写真のmSATA(128GB)5000円カードをつけるべく、変換カードを探した。そしたら、mSATAMini SATAto 1.8インチmicro SATA変換アダプターが見つかった。早速購入600円して、取り付けてみた。がばがばだったが何とか収まった。BIOSでストレージが確認された。さあOSのインストールだ。

 Windows7 32bitを入れることにして、DVDを挿入インストールに入る。最初の画面で、GPT(GUIDパーティションテーブル)エラーが出て先へ進むことが出来なくなった。検索して原因を探る。ファイルシステムをGPTから元に戻す作業が必要だという事がわかり、コマンドプロンプトから、HDD0のストレージを選択して、GPTを削除してみた。そしたら次へ進むことが出来、ファイルシステムのコピー等のOSの構築が進み、インストールが終わった。認証のためにP-keyを入れ認証も出来た。システムをデバイスドライバを見ると、右の写真のような状態で、ほかのデバイスの欄には6つデバイスがドライバを充てられていない状態で見つかった。ネットも使えない状態だった。それからデバイスを探して入れるという作業が始まった。一つ一つ入れていったが、最後にPCI シリアルポートとPCI シンプル通信コントローラーが残った。色々探したがわからないので、最後にデバイスのプロパテイから、ハードウエアの特定をしてドライバを探した。PCI シンプル通信コントローラーのVEN 8086・・・ベンダーはインテル、 DEV 3B64・・・製品の識別番号 を確認して、グーグルの検索でドライバを探して入れてみたら、二つの項目はドライバが当たってふさわしいところに収まり、OSのインストールは完了した。i5のCPUでメモリ2GB、SSD128GBのT410Sは復活した。 

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やはり甘夏と柚子で・・・ML

 八百屋に行った。奇麗で大きな柚子をゲット、ついでに甘夏も3個ゲットしたのが数日前。やはり王道のMLを作りたくなった。今回の試行は、皮のスライスする大きさを半分にしてみた。また、端っこの小さいところは除いた。今までのスライスした皮が大きいままで、食べ応えがあったのだが、流動感がなかったので変えてみようとした。出来上がって、瓶詰めにした状態で、動かしてみると、いい感じに動く。作っているときの鍋のかき回し感も良好だった。甘夏3個分の種と柚子1個分の種は、大分ペクチンを出してくれたが、若干少なかったかなという感触をもった。袋は少量しか刻んで入れなかったので、今までで一番の透明感をもったものが出来た。甘夏の酸味と柚子の香りが漂う逸品となったと思う。まだまだ奥が深いなあ!!!

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さくらんぼ咲く2018

 3月になった、確実に春の足跡は聞こえてくる。気が付くと、庭のサクランボの芽が伸びて、花が咲き始めている。今日12日の時点で3分咲きの状態になった。今年は、育った芽が例年になく大きく沢山見えていた。2月に寒肥をやったのが効いたのかもしれない。と思いつつ、これからどうしようという思いがする。花が沢山咲くという状況は、小さい実が沢山着くという状態が想像される。従ってこれからは、小さい実のうちに摘果しようと思うが、その前に花の段階で摘んでしまえという選択肢もあるかなと思っている。ともかく動かなければならないと状況だ。幸い植木の仕事は少ないので時間はあるが、行動あるのみ。

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甘夏と文旦では・・・どうか

 3月11日この日に、MLを作ってみた。甘夏2個は定番の熊本田浦のもの、文旦をもらったので1個を使う。下準備で、甘夏の皮と文旦の皮の処理をする。文旦は、皮が厚いので、削って薄くした。短冊に切って煮こぼし、1昼夜晒す。二日目に、甘夏と文旦の実を袋から外して、種と分ける。種は、甘夏と文旦で大丈夫の量が確保できた。実から煮て、皮を入れる。砂糖を入れる。ワインを入れる。種からとったペクチンを入れる。味を見る。調節する。という工程で、MLはできる。今回のMLは、甘夏と文旦の風味が、マッチして、酸味は少ないが上品なMLになった。袋についているわたを入れると渋みが増すという事が言われているが、問題ない味に仕上がったようだ。味と食感を楽しむ大人のMLの完成だと思っている。

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MLを極める

 はるみのMLを作ってから、3日後に、甘夏(田浦)を主体とするものを作ってみた。種が少ないので、小さい柚子2個の種を使わせてもらった。砂糖は氷砂糖と白糖を混ぜて使った。甘夏はやはり王道で基本であるという事を認識できた。今回は、今までの工程の中で、皮を剥いて8分の一にして、煮沸するそして、皮を刻むという工程を、皮を刻んで煮沸するという工程に換えた。その後1昼夜水にさらす。えぐみの除去に関してはこの工程の方が有効だと思われた。種は、別鍋で煮てそのエキスをもらおう方法に換えてみた。この方が、ペクチンを効果的に得ることが出来たように思う。ルーチンワークが多くなる中で、試行錯誤することは、いいことだと思った。適度な甘さのMLが出来上がった。すこし寝かせた方が味が落ち着くという事もわかってきた。とろみも時間の経過とともにいい塩梅だ。

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相変わらずMLです。

 静岡から美味しい柑橘(はるみ)を頂いた。清見オレンジとポンカンの相の子はるみだ。とてもジューシーで甘い。袋ごと食べれる。オレンジ系の逸品だ。それを使ってMarmaladeが出来ないかと考えて、作ってみた。材料は基本になる甘夏2個と、はるみ1個を使い、晴美と甘夏が甘いので、酸味を補充するという事で、駒井さんちのレモンを一個絞って入れた。はるみはほとんど種がないのでペクチンを得るために、甘夏の種と、柚子(小)の種を使った。出来たものが写真である。clickすると拡大するので見てください。最初の下処理の段階で、今回は刻んでから、煮こぼして皮を一日晒した。新しい工程を入れてみた。砂糖は溶いた氷砂糖100グラムと白砂糖100グラムを使用した。あまり甘くない若干皮の歯ごたえを残して大人の味に仕上がったかなと思う。

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40年の月日を越えて in 静岡

 2018年2月24日(土)湾岸道路、首都高速、東名高速を経て清水インターで降り国道1号線を走り、写真の場所に着いた。奇麗なグリーンの奥に見えるのは体育館である。懐かしかった。今から40数年前、小生20歳の時(大学1年生)この体育館のトレーニングルームでN君(HPのリンクの最初の友人)との偶然の出会いがあり、充実した大学生活を送ることが出来、今につながる交友になるのだ。二人で、酒を飲み、語らい、カレー研究会を立ち上げそして継続、色々なバイトを共にこなし、知的好奇心を高められ、大いに生きる力をつけてもらったと思っている。大学構内は以前とは大分変り、一番下にあった人文学部棟が、日本平の一角の一番高いところに移転していた。明日から入試のようで、保護者同伴の人たちが沢山下見をしていた。

 40年の時間を感じさせない楽しく懐かしい時間をN君夫妻と4人で共有できた。静岡の旨い寿司と釡と牡蠣と酒がさらに場を忘れられないものにしてくれた。古い話、知らなかった話、新しい話で時間を忘れて交流し共感してさらに元気をもらってきた。24日の夜更けにはカー娘がイギリスを破って銅メダルというニュースも入り盛り上がった。日中の静岡は18度くらいまで暖かったが、それ以上にN君夫妻には私達夫婦の心までぬくめてもらった。ありがとうございました。

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金柑を中心にしたMermalade

 大実キンカンを使ったMarmaladeを作りたいと思っていたところ、またまた田浦の甘夏が手に入ったので作ることにした。甘夏2個、キンカン200グラム、柚子1個で、作った。レモンを使わなかったので、酸味にややパンチに欠けるが、いい味に仕上がった。特に、透明度は抜群である。種のとろみが最大限生かされていると思う。250グラムの瓶で4個、それより小さい瓶で1個に収まった。とろみは柚子に負うところが大きいと思う。甘夏の種も多かったが、まだまだ足りなかった。皮をむいたものを刻んだ量も少なかったかもしれない。やさしい味のMarmaladeに仕上がったかなと思う。トライアルはこれで30回目になる。ラベルに記されたMはmakeのMである。透明感のあるものが出来たと思っている。とろみは、今までの経験に基づいて、火を止めるタイミングを決めている。

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甘夏・柚子・檸檬の Marmaladeの味は・・・

 熊本の田浦の甘夏を再び3個買って、手持ちの柚子1個と無農薬檸檬1個を使用して、Marmaladeを作ってみた。甘夏とレモンは、皮をむいて、一度煮た。その後に刻んで、細長い断片を作り、一晩晒した。これで、渋がほとんど取れた。次の日に、甘夏の実の部分を取り出し、袋と種を分けた。レモンの実は、細かく刻んで種を取った。柚子はこの日に皮をむいて、細かく切り、そのまま、甘夏とレモンの皮と一緒にした。柚子の実からは大きな種が沢山とれた。実の部分は、細かく刻んだ。弱火で、実と種の籠をことこと煮てから、皮を入れた。砂糖は白糖を250グラム3回に分けて入れた。白ワインをボトル半分くらい入れた。1時間余り煮て、とろみが出てきたところで、頃合いをみて。火を止めた。熱いうちに、煮沸した瓶に入れて完成。3つの味が喧嘩せず、それぞれが存在感を出して、調和している。とろみも、いい感じに仕上がった。究極のMarmaladeを柑橘類があるうちに追求したい。なくなっても、適時出来るような仕組みも考えたい。

 

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熊本田浦の甘夏にて

 本日雪にて走れないので、朝からMarmalade作りと相成った。1.2キロの熊本の田浦産の甘夏だけで、トライした。種が思ったほど多くなかったので、少し不安を覚えたが、実を取り出した袋の部分を少し使ってトロ味を出そうとした。実と袋と種を一緒に鍋に入れ、20分ほど煮て、実をジュース状態にしつつ細かく刻んだ袋からとろみを引き出し、種からもペクチンを取り出した。そこに、昨日から晒しておいた皮を水を切って入れて煮込んだ、砂糖は,さとうきび糖(100グラム)と白糖(150グラム)を投入した。煮ること40分、途中で白ワインを加えつつ、とろみの加減をみつつ、仕上げた。250グラムの瓶で5個取れた。若干とろみが足りないかなと思ったが、透明度はさすがである。味は、酸味が効いてMarmaladeになった。

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最後のPF1個・・・収穫す、味わう!

 庭に残ってた最後のPFを収穫してから、2週間余り皿の上にてしわしわになりにけりを、2月になったので味わうことにした。写真は2つ割にしたところである。紫色に見える皮の部分は、きれいな色だが、しわしわになった表面は、くすんだ茶色になっていてうまそうではない。しかし、中の種と実の部分はきれいな色に仕上がってる。半分ずつをコップに取り出し、氷と水を加えて、氷砂糖と白糖を入れてよーく搔き混ぜた。砂糖の溶け具合を確認しながら、氷砂糖を入れたのは、溶け加減で甘さを調節できるかと思ったからです。頃合いを見計らって、飲んだ。雪が降りそうな寒い日に、飲むPFは、程よい酸味と甘みで、八丈島で飲んだあの味を思い出させてくれた。ちょっぴり、贅沢感を味わった。種のかじり感も最高だ。

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見つけた。2018初の甘夏

 偶然だったあ。1月31日歩いていて偶然入った店に、熊本産の甘夏が、山と積まれていた。やったーと思いつつ、3個買ってしまった。家で計量すると1個当たり400グラム以上ある。合格である。今まで、甘夏がないので代用品でmarmaladeを作っていたが、ついに季節到来である。色がいい。ポロっとつながっていた茎が取れるのは、完熟している証拠であろうか。ワクワクしてくる。入っている種の量で柚子君のお世話になるかどうかが決まってくる。今日は、3個の皮をむいて、処理した。1袋の種を見てみると4個くらいであったので大丈夫。甘夏だけで作れそうだ。楽しみだ。約一年ぶりの興奮を味わった。甘夏はMの王道だ。

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サンスポ マリン マラソン2018 完走証 を印刷する。

 一週間がサンスポマラソンから経過した。ネット上に、完走証がダウンロード出来るということで、ゲットした。PDFをJPEGに直して、アップした。参加人数が10000人を越えての総合順位は2775位、1時間50分の記録でどうなのであろうか。種目別(60歳から64歳)順位は65位だった。これの方が評価できそうである。走りに関していえば、前回も指摘したが、最初の5キロと、最後の5キロの持続力が問題だと思った。同じペースで、どこまでも走れる力が求められているということだろう。10キロ走を基本とする練習計画で、1か月に1から2回は、30キロ以上走る経験も必要かなというということを自覚させられた試合だった。1キロを5分で走れる総力をつけようと思った。

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marmalade ああ夏ミカンが恋しい

【伊予柑、ゆずのマーマレード】

 

 なかなか甘夏が、出てこないので、1月は甘夏のかわりのものでmarmaladeを作った。伊予柑と柚子のマーマレードは、酸味が足りないが、伊予柑の甘さと柚子のちょっぴりの酸味が混ざっていい感じに仕上がった。伊予柑は、種が少なく種から出るペクチンの量が少ないので、とろみがつかないことになる。従って、柚子の大きい沢山の種と袋を含む実を入れることによって、とろみを補強した次第である。種は分けて、出汁袋に入れて一緒に煮込むことになるが、種の持つとろみを完全に出し切ることは困難である。袋も煮込むと溶けてとろみ成分の一部になる。

【金柑、ゆずのマーマレード】

 

 大実のキンカンが手に入ったので、柚子とレモンを使ってmarmaladeをまた作った。柚子とレモンは皮の部分を煮て、冷やして細かく刻む。1日鍋に入れて水にさらしておく。次の日に、取っておいた柚子の種を取り袋を刻み、そしてレモンの種を取り、実の部分を細かく刻んで鍋にいれる。最後はキンカンの処理だが、キンカンは皮だけ取りないので、その場で半分に切って種を取り、半分にしたものをスライスしていく。種はまとめて、茶こし籠(金属製)に入れて一緒に煮込む。この籠にした結果、種のとろみが充分に取り出すことが出来るようになった。すこぶる美味なマーマレードになった。砂糖は白糖を使用して白ワインも入れた。

【レモン主体のマーマレード】

 

 完全無農薬のレモンをいただいたので、レモン主体のmarmalade作りに挑戦した。レモンは種が少ないので、課題はとろみになる。五個のレモンに対してとろみをつけるために柚子の力を借りた。柚子は2個分の種を取り、皮は1個分をさらすことなくその場で切って煮た。レモンの皮は、丈夫なので1晩さらした。レモンの酸味は強いので、砂糖を200グラム、白ワインを使って、酸味と甘みのバランスを取った。出来上がりは酸味が強いものなったが、レモンらしくて面白い。茶こし籠は非常に役に立った。甘夏出てこないかな?と待っている今日この頃である。

 

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千葉市 サンスポ マリンマラソン ハーフ参加

 今日は、H氏と第44回サンスポ マリンマラソン 一般男子 ハーフの部の参加した。穏やかな天候であり、コンデションはよかった。9時50分に、スタートした。Lブロックからのスタートであり、スタートラインまで3分以上かかった。最初の5キロは、26分、中々前へ行けなかった。次の5キロとさらに次の5キロは、25分台で、気持ちよく走れた。そして、15キロからは、最初にジグザグにいかなければなかった折に違和感を覚えた右膝のために、スピードが落ちて、26分台になった。最後の1キロも5分の後半なり、滑り込んだ時には、全体の時計は、1時間54分台を指していた。速報値を見てみると、結果は、1時間50分13秒という結果に終わった。6月の上り下りの鋸南ハーフが1時間47分だったので、満足する結果とはいいがたいが、これが、現在の小生の記録である。鋸南から半年、まだまだ練習が甘かったようだ。スピード練習とそのスピードを持続させる練習が足りなかった。という事だろう。突きつけられた課題の克服を、これから考えていこう。3月には佐倉のフルが待っている。5キロを25分台で、15キロは、いける感触はつかんだので、それを伸ばしていこうと考えた試合だった。

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千葉市民リーグに参加して

  1月14日に千葉市の花島体育館にて、千葉市市民リーグの試合に参加しました。1日で、ミックスダブルスの試合を3つやりました。結果は3連敗、1試合もファイナルに進むことが出来ず、完敗でした。組んでくれた高校生の女子には申し訳なかったが、自分の試合を作る力が不足しているなという感じを強く持ちました。床が滑って、しっかりホールドできなかったという事もあるのですが、如何に若い選手の動きを止められるのかという事の認識が甘かったという結果です。プレーの一つ一つの展開をもう少し考えてプレーできるようにしたいものです。考える時間はあるのですから、トライしよう。

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105歳の年賀状届く

 12月のある日、公園で、Hおじいちゃん(104歳)に会った。。話が年賀状になった。住所と名前を、地面に書いて伝えた。おじいちゃんはいつも元気で大声でワハハと豪快に笑う。小一時間色々話して、別れた。そして2018年の元旦、9時過ぎに、年賀状が届いた。その中にこれを見つけた。裏面も表の住所氏名もすべて手書き、105歳のエネルギーを戴いた。それにしても、素晴らしい出来だ。全く震えのない堂々たる揮毫だ。一枚一枚書いてくださったその気持ちに、感動した。しかも、地面に書いて伝えた住所。氏名をこういう形で伝えてくれた事にも改めて感動した。いい年になる予感がした。おじいちゃんの益々のご長寿を願わずにはいられない。また、公園で、交流しましょう。クリックすると拡大しますよ。そしたら、ご長寿のご利益があるかも。

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柚子のmarmaladeにこだわる

 マーマレード造りは奥が深い、前回に続き、2回目の試作となった。皮の刻みを丁寧にやった。袋の刻みを細かく入れた。砂糖を白糖に変えた。焦げ付かないような鍋ワークを実践した。1キロの材料を対象に作ってみた。結果的には、4缶とちょっとになった。写真でわかるとおりである。色を見ると、透き通っている。味も、ユズ本来の味がよく出ていた。見た目も、味の一部なので、安心した。ちょっとしたとこだが、工夫は、大事だ。やはり夏みかん、甘夏のマーマレードが王道だという事がよく分かった。

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高校の同級生で集まった。

 12月3日新宿で、会津高校の同級生の忘年会があった。20名くらい集まった。9クラスあったので40年の時間は、それぞれの顔を変え、思い出すのも少々の時間を要したのも事実である。それぞれの自己紹介を介して、あーそうだったね、思い出したよ、てな具合である。懐かしかった。その後、2次会で交流を深めたが、60代の人間の交流としては、こだわりなく、それぞれの生き方を出し合って、面白かった。こんな会が続いていくことを念願した次第である。

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柚子marmalade を作ってみる

 先日、仕事先で柚子をいただいてきた。早速、柚子だけを使ったマーマレード作りに挑戦した。写真は、作成したものであるが、暗いところでフラッシュを焚いたので色が悪くなった、しかし、味は本柚子の味と香りを保持していて、うまいと思う。材料は、柚子12個と三温糖と白ワイン(サントリー)だけである。これまでより、とろみが出てきた。きっと大きい種が一杯取れた柚子であるので、その種からでたドロドロ成分のおかげだ。砂糖は17%で抑えた。柑橘系のシーズン幕開けのトライで、植木の仕事の疲れと酒の力も借りての制作なので、ゆずの皮の切り方が、今いち甘かったようである。次回は、克服したい。余った柚子で、毎日柚子風呂に入っている。柚子の油で、肌はすべすべになっているかも。ラベルを付けないとね。

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槇と松

 今日は、千葉県の県木だったかなという槇と松(一部)の剪定を、一日やった。最初は槇、高さは2.5メートルほどで、玉が10個ほどである。頭からハサミで刈る。葉が充実した槇なので、刈りがいがある。去年切った線までを見つけて、そのラインに沿ってハサミを動かす。刈込後の見た目をきれいにするには、はさみの動かし方が、ポイントになる。平面を作るのは一方向から、はさみを入れて進めていくことが肝心だ。去年の葉っぱの切り口に注意していく事が大事だという事がよく分かった。離れたところから見て、全体のバランスの良い形に仕上げられていれば合格だ。松は、枝ぶりのバランスだ。樹形の基本が三角なので、それに合わせて、枝ぶりを作っていく、一枝一枝を丁寧に透かしながら、全体の形に気を配って、枝の長さを調整する。芽があるところで調整できればOKだ。今回は指し枝だけを任されたが、長い枝を均等に透かしながら作業が進められた。すがすがしい松を見るのは、気持ち良いものだ。

 

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走ってみた。マリンスタジアムまで

 十二月になった。先月は忙しくて130キロしか走れなかったので、今月は頑張ろうという事で、今日、マリンスタジアムまで、走ってみた。前回いつになるかわからないが、よりは、気分良く走れた。後半の足の疲れもあまり感じなかった。気が付いたことは、ランニングシューズがあってないかのという事だった。両足の人差し指に豆が出来ているという事は、靴がきついという事なのかなという証しなのかのと考えたからだ。現在のシューズは600キロを走破している。もう限界かもしれない。自分の力にあったシューズを決める力も、自分の競技力かなと考えた。長い距離を走る違和感はなかった。

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3年振りの中学の同級会さんなな

 同級生はいいね。60歳を過ぎて、中学の同級生が20数名集まった。定年は過ぎたが、男子はまだまだ働いている。女子は、大分専業主婦が多いが、働いている人も結構いる。しかしそんなことは、ぱっーと忘れて、40数年前にワープしてる自分と相手に会える。しがらみのない忖度のない、自由な会話の空間を広げる事が出来た。みんな元気で集まれた。また3年後の再会を誓って、別れた。この同級会は、息が長く続いていく事を確信している。命の洗濯だった。

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干し柿その後 3

 干して1週間かな、今日も好天に恵まれて、一日中干した。その結果が、ご覧の通りの写真である。芯がまだ残っていて、もむにはもう一息である。表面は、それなりの色に変化し、形も更に縮んだ。蜂谷柿はもともと1個当たりの大きさが、350グラムくらいあったので、重量感が、まだ残っている。後2,3日したら、もみが出来るかもしれない。2週間で、一区切りになるかもしれない。次は、保存方法の検討だ。会津から持ってきた柿は、14日、17日で、箱が空く予定である。干し柿とさわし柿が楽しみである。

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干し柿の作製記録 2

 作り始めて4日目となる。今日は天気が悪いので室内に置いておいた。写真は蜂谷柿である。2日以上太陽にあてたので十分日焼けして、初日とはずいぶん色が濃くなり、形も小さくなり、体重も減ってきた。移動するときに、持った感じでわかる。明日はまた天気が良いようなので、天日干しだ。まだまだ、もみごろには程遠いが、2週間くらいからもみもみが出来るだろう。表面には異常は見られないが、1個傷があった身しらず柿は、吊り具から外して様子を見ている。去年よりも乾燥の具合が早いようだ。もっと十分な太陽光線が欲しい。9月10月は日照不足だった。その分を11月に返してください。

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身しらず柿、蜂谷柿 in 千葉 さっそく開始

 会津から帰った翌日と翌翌日は仕事があって出来なかったが、半日仕事が終わった日に、午後から柿の皮をむき、湯通しして、ぶら下げた。2個組と、神指の実家からもらった、ばね仕掛けのツルし道具を2本つかってぶら下げた。殺菌した柿は、極力手で触らないようにしてつるした。初日は2時間ほど天日にあてた。次の日は、朝から天気で、太陽光線を一日中受けることが出来た。夕方からは(4時ころで太陽光線は当たらなくなるので、家の中に)屋内に取り込んで、保管した。3,4日十分に太陽光線を浴びさせれば、表面が強化され、カビの生える危険性が著しく低下するようだ。現在のところ順調だ。

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千葉で干し柿を作る(身しらず柿、蜂谷柿)

去年も干し柿を作ったが、今年も挑戦しようと思う。写真は、お袋の家の近くのベランダの見事な干し柿である。干したばかりの状態かと思われるが、右はじの紐には、小さく黒くなった完成まじかの干し柿も見える。クリックして拡大してみてください。全体の数は、ざーっと300個だろう、壮観である。簡単にこんなことが出来るとは、ぜいたくな環境だと思った。この十分の一位の規模で、千葉で干し柿を作ろう。帰り際の八百屋さんで、蜂谷柿をキロ200円で売っていたので3キロかった。献上柿を作れるかもしれないなと、わくわくした。蜂谷柿は3キロで10個である。

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身しらず柿・・・あたしゃ身がもたないよ

 おふくろのところからの散歩道にある、畑の中の身しらず柿の木である。毎年毎年、身がもたないくらいに実がついた木である。最後の姿は、想像でしかないが、この木の実は、おそらく利用されることはない。つまりそのままに放置されていくようだ。カラスが熟した柿を食べるだろうが、そのうち飽きるだろうと思われる。このような木が、会津じゅうにごろごろしている。今回の帰省では、実際に柿をもぎ、へたをとって、表面を磨き、サイズを考えながら箱詰めして、焼酎(35度のホワイトリカー 10キロに付き180CC【1合】)を吹きかけて、箱を閉じて密閉した。これで2週間すると渋が抜けて、さわし柿が出来上がる。30キロ近くいただいてきた。

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柿もぎ、剪定弾丸帰省ツアー

 10月末に故郷の身しらず柿が、熟したので一人で、柿もぎついでに剪定をおこなった。駆け足の旅だったが、元気なおふくろとお袋の実家の人たちや、滝沢の叔父さんに逢えて楽しかった。剪定もお袋のところの柿をもぎながら剪定して、さらにお袋の実家の神指(こうざし)の庭を表と裏の剪定をして、喜ばれた。帰り際には、猪苗代の妹のところに寄り、大きくなった木蓮の枝を若干下して処理した。お土産に、沢山の身しらず柿と、玉ねぎ、リンゴ、サツマイモ、黒豆、大根、ピーマンなどをいただいた。故郷は遠くにありて思うものだけでなく、行って、確かめて、役に立つことが、また一つの故郷に対する接し方かなと思った次第である。磐梯山は、最後の日にだけ、しっかり見えた。

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ブログを整理した。

 今日は一日雨でした。秋雨前線の停滞によるものです。気温が上がらず、14度台でした。寒く感じる中、午前中は1件植木の剪定の打ち合わせに行き、午後は滞っていた。ブログの整理をした。足掛け3年になるブログの記事は100件に迫ろうとしており、見やすさと自分自身の頭の整理も兼ねて、カテゴリ別に整理した。新頁(ブログ)のタグをクリックするとプルダウンメニューが現れ、それぞれ2016年のもの、2015年のもの、植木(シルバー)に関するもの、PC、マラソン関係、人間関係、雑感、他に関するものがまとめて見れるようにしました。古いものに新しいものが積み重なっていくので、遡れると思います。ひとつひとつにカテゴリをつける作業は、退屈なルーチンワークでしたが、今のうちにやっておけば将来困らないと思いました。記事の偏りは、独断と偏見なのでご容赦願いたい。

 

 

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2か月の空白・・・

 7月29日から、ブログは更新されていない。責任はすべて小生にある。8月は、繁忙期で2日に1回は植木の仕事に従事していた。9月も同様な生活が続いた。それが理由なのかという思いもあるが、実際仕事を終えて、道具の手入れを終われば、その日は終わり、飯を食って、即寝るという生活の繰り返しが続く。明日が休みだといっても、その次が仕事ならば、1日休息でアッという間に1日が過ぎていく。8月9月は、筋トレと走りのキロ数にその事が如実に表れていた。忙しいと考える時間を奪うのだ。その結果がこのざまだった。反省しきりである。でも、忙しくて、何もできなかったわけではない。8月は蜂に刺されながらも、12日には、母の米寿の祝いを、会津若松で、ささやかながら行い、実家の剪定を行い、神指と、滝沢の家を訪れ、楽しい時間を過ごした。9月は、長男の家が完成して、その家を見に行き、子供の独立を実感した。庭に植えてある木はどうしても目が行き、困った。自分の庭はその間も、成長して、新しいシーンを見せてくれた。植木の仕事が続いて、体重が1キロ余り増えてしまった。

 

 

 

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初めて熱中症を経験す

 一週間程前小生は初めて熱中症なるものを身をもって経験した。先ごろまで日本列島は猛暑が続き、この話題も日常化していたが、6,7月と植木の繁忙期を耐えながら、合間を縫ってランニングにいそしみ、バドミントンをやっていた小生には縁のないものと考えており、他人事だった。ところがこの日の朝、植木の現場に向かう途中自転車上で、めまいに襲われふらふらしながら、現場についた。その内治るだろうと休憩していたが、その内発汗が始まり、めまいも続き、シャツは動かないのにびっしょりになった。気分が悪くなり、思わず嘔吐、体の力が抜けた。1時間ほど休憩したが、よくならず自転車を押してやっと家に着いた。家で涼しいところで寝た。食欲はなかった。次の日、病院へいき点滴を受けてずいぶん回復した。病院での話とネットで調べた結果は、やはり熱中症だった。レベルは中程度かなと思った。原因を探してみると、症状が出る3日前の仕事では、ハードだった割に一日小便が出なかった事が思い出された。やはり異常だったのだ。代謝の歯車が少しずれかかっていたようだ。さらに、前日、仕事が1時間ほど早く終わって、その後、急遽入ったお通夜に出席して、クーラーのガンガン効いたところに8時過ぎまでいたことも関係しているかもしれないと思う。調べたところ熱中症は、環境、体調、活動(運動)の3つの条件がそろって起こることが多いのだそうだが、まさに疲労が蓄積、冷たいものをがんがん取っての水分補給を続けていたわけだから、陥っても不思議はなかったのかもしれない。現在のところ、ほぼ回復したが、ナトリウムの不足は否めないので、取るように気を付けている。

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美しい丸みを作る

 7月になり、剪定の仕事は、相変わらず続いている。それぞれに、玉造の依頼をされる。

槙を刈る、キャラを刈る、柘植を刈る、正月のお供えのもちの形をイメージして、刈る。刈り込みバサミを使うが、そこに、ヒントがある事を教えてもらった。はさみの使い方で自然に形ができるのだ。うれしかった。次々に試してみる。同じ結果になる。的確な技術指導はその通りの結果を与えてくれる。まさに職人の世界だ。ちょっとのぞいた気がした。そしてその世界の入り口に立つ自分がいることうれしさを感じた瞬間だ。技は人を裏切らない。と感じた。

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繁忙月が終わりかと思いきや!!

 6月は、忙しかった。植木の出動が二日に1回の割り以上にあったからだ。ランニングは二百を行かないし、筋トレは10回だった。しかし、技術的には得るものが多かったのも事実である。知識と技術のコラボが必要だ。そしてそこに人生経験が重なれば、人間的に大きく成長できるような気もした。七月は前半が忙しい、暑くなるが、一日一日頑張ろう。そうそう、酷使した自転車はとうとう今日、ガラスが割れるような音を立てて、帰り道の途中でパンクして、ご臨終、いろいろ考えながら、引きづりながら帰宅した。

 

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中山競馬場はどこだ?!

 6月は植木の繁忙期だ。今日は16日だが、出動は8回に及んだ、二日に一回のペースだ。鍛えられる。今日は久々のOFFが3日程続く初日なので、思い切って長い距離を走ってみることにした。銚子のハーフでもらった小さいリュックに500CCのアクエリアスと小銭と携帯を入れ出発した。目指すは自宅から、ランニング仲間の小林先生から聞いた、中山競馬場までの20キロだ。8時半近くに出発し、海岸沿いを走り、マリンスタジアムを過ぎて、そのまま直進して習志野市に入り、さらに船橋市に到達して、約2時間で、南船橋の駅についた。いつ着くのかわからないところまで行くのは不安なものである。しかし、中山競馬場の写真を撮り、水分を大幅に補給して帰り道を歩いた。歩きながらどうしても目に入って来るのはその植生であり、楽しかった。マテバシイが千葉は多いなと思った。途中でやまももの実を口に入れた。完熟してなくて酸味が残ったが、うまかった。10キロほど歩いてJP幕張駅から電車で帰った。幕張を歩いて、1980年代に勤務していた幕張西高校時代の事が思い出された。充実した20キロランと10キロウオークだった。

 

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晩柑のマーマレードを作ってみる

 マーマレード造りももうすぐ20回になる。今までのベストは、甘夏のやつだ。スタンダードは、安定していて美味しい。このたびは、愛媛の吉田農園から、晩柑を仕入れて、作ってみた。晩柑は、突然変異でできたもので、種がない。従って、接ぎ木でかくだいしていく。名称も色々である。パンフによると、「愛南ゴールド」「美生柑」「宇和ゴールド」「灘オレンジ」「ジューシーフルーツ」などの名称で呼ばれている。酸味が少なく、甘い感じがした。但し、皮には渋みがこもっているので、どう取り除くのかが、そこがポイントだ。1日で、写真の通りのものを作ってみた。大人の渋みが残っているが、まあまあうまい。甘味は20%弱に抑えてみた。まだ、晩柑が残っているのでトライしよう。混ぜ物のない純なものは、うまい。

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KYONAN 2017 記録更新す

 再度林道マラソン(ハーフ)に挑戦する。朝7:00本千葉発のJR各駅で安房勝山駅に向かう、17駅を通過して8:30分には、安房勝山に着いた。15分くらい歩いて、会場の勝山学園に到着、受付、アップ、着替えて、9時半過ぎには、開会式と、坂道を上るので、青山 剛氏の指導で、入念な肩甲骨と股関節のストレッチ、そして10時半スタート、今回は、前回の記録1時間56分を破るべく挑んでいるので、時計を身に着けた。思えば1月の館山マラソン以来の試合であるが、正直なところ、充分な練習は出来ていなかった。月間200キロのノルマは達成していたが、ロングデイスタンスの練習は数えるほどしかやっていなかったので、持久力の面で一抹の不安があった。走り出してからの前半は、前に経験している上り坂の連続だったが、気持ち的に余裕があって、何と折り返しまでで、55分をマークしてしまった。後半は勢いに乗り、下りを膝に来ていたが、力を抜いてそれなりに飛ばした。最後の上り坂では止まりかけそうになりながらも、後3キロの表示に励まされながら、走った。最後は、ふくろはぎの攣りに見舞われそうになったが、平坦路で救われ、最後まで走れた。結果は、前回の記録を8分近く短縮する事が出来た。ゴール後のエイドステーションで、6種類のジュースを飲み、いただいたポカリを飲み干した。1回の経験は、自分を強くするなあと感じた試合だった。さわやかな風に恵まれ、気持ちの良い、ランニングだった。

 これが今回の記録証である。クリックすると拡大するのは、いつもの通りです。自分の足で走った記録が残るというのは、嬉しいものです。その時のコンデションや状況があり、その結果として、記録が出る。自分が出るといってもいいかもしれない。日々生きていると、時間は過ぎゆき、何も残らないような気がするが、凝縮された時間の記録が、この一枚の紙には記されている。私にとっては、この記録証を見るたびに、2017年6月3日の朝早くから家に着いた時までそしてその後の事まで蘇る。今日は、孫の小学校の運動会だった。千葉と東京でお互い走ったね。

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Marmalade は楽しい!!!

3月末から5月中旬にかけて、マーマレード造りに没頭した。写真は5月2日から3日にかけて作成した作品である。今まで、15回ほど作ってみた。最初は、もらってきた、甘夏から始まり、それに、伊予柑や、ゆず、キンカン、レモンなどを組み合わせて、色々なタイプのマーマレードを作ってみた。そして、愛媛の吉田農園から、甘夏を取り寄せて、甘夏中心のものを作ってみた。基本は、材料と砂糖(最初は三温糖を使用して、後には、白糖を使用している。)と白ワインだけを使用して作っている。市販品は、保存期間を長くするために、砂糖を50%から70%近くまで使用しているので、極端に甘くなっている。それでは、本来の柑橘類の味が殺されるので、砂糖の割合は、30%から20%に抑えてある。また、本来の味を出すために、実も全部使っている。ゆずやキンカン、レモンの場合も同様だ。そのため、食べていただいた方からは、食べ応えがある。香りが強く感じる。本来の味が味わえる。などと、嬉しいコメントが頂けている。植木の仕事もきれいになって感謝される所に、やりがいを感じて充実感を覚えるが、作ったものを評価してもらえる事も、すこぶる自分自身の満足感を覚えることしきりである。第2の人生は楽しい!!!

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レモンの花咲く・・・

 2017年5月7日朝、我が家の小さいレモンの木にやっと花が咲いた。3月に各枝を少し切り詰めての剪定を行っていたが、4月の終わりに、各枝から新梢が少しづつ伸びだしていた。花芽がいくつか見られた。短い枝に数個づつついてくるので、最初はついているのがわからなかった。裏側から、さらに下から覗き込んで、見つけた。よくよく探してみると、数か所から出ていて、全部で十数個あるようだ。小さいピンクの芽が日に日に少しづつ大きくなる。数日置いたら、別なところにも小さな芽が出てきていた。葉芽と花芽がはっきりしている。花芽はやがて1センチ以上になって、ピンク色の本体が、開花して白い花を咲かせた。これからの展開が楽しみだ。地植えして1年が経過した。

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沈黙の4月

 レイチェル=カーソン著の『沈黙の春』という環境問題を指摘する本があったが、小生の場合は、ブログの更新を怠った事の言い訳になった。植木の仕事は、数件だったために、暇かと思いきや、4月は、家の外構周りの仕事と、内部の水道に忙殺された。まず、シングル水栓が老朽化のために、水漏れ2本の状態、型番を調べて、原因を特定して、修理にかかる。カートリッジの交換で修理完了。TOTOの水栓の構造がおおよそ掴めた。次に、門扉(アルミ)の再塗装と、外物置のドアの表面の塗装。アサヒペンの水性塗料(アイボリー)を刷毛と小筆で塗った。下地処理とマスキングをして、日を選んで塗装完了。そして、それまでの経験を生かして、一番の大物の玄関ドアの表面の塗装と裏側の汚れ落としとドアクローザーの交換(リョービのドアマンを購入)調整を行った。その合間に、庭の生垣(マサキ)の剪定と、トケイソウのコンパクト化をやり、最後に、屋根まで届いていた、生垣の角の棕櫚の木を根元から伐採した。枝の大半は資源ごみの日に出して処分した。ついでに、庭の整理をして、いくつか植え替えをした。PC関係では、PANASONICのPC(CF-N9)が液晶表示部分の不具合ありの状態で手に入れたので、液晶パネルの交換にチャレンジしたが、いまだに完成には至っていない。てな具合だった。走りと筋トレは目標を達成した。

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やっぱり、教え子、同級生・・・

 2月下旬に、同級生と新宿で今年開催予定の打ち合わせと称する会合があり、懐かしい顔に巡り合い、久々に話をした。次に繫がる交際だ。3月上旬に高校時代の同窓生とやはり東京の恵比寿で、集まった。クラスは違うが、懐かしい思い出が蘇ってきて楽しかった。中旬には、部活の教え子のグループと会食、成長した教え子を見るのはよいもんだ。悩みあり、夢があり、これからを共有できるような気がする。楽しい一時だ。その間に、息子が来る。が来る。と続いては少々疲れるが、それを吹き飛ばす力が、息子、嫁さん、孫にはある。生きるとは、生活の中で、自分に対する繋がりを確かめていく事かもしれないと思った日々であった。若くして無念の思いで逝った教え子の墓参りも出来、心に留まっていた気持ちもなんとなく解放された。よかった。もうすぐ四月は、別れと新しい出発の時である。何気ない日常だが、自分なりに、今までの総括と、新しい出発を心掛けたい。3月は、もうランニングとトレーニングのノルマ(ランニング200キロとジム通い15回以上)を達成している。

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さくらんぼ・・・その後

 3月も下旬を迎えた。そんなに忙しくなかったが、ブログの更新が滞った。何時ものことかもしれない。気が付くと、庭のサクランボは、ほぼ満開になっていた。去年に比べると、昨年の花後に枝の剪定をしたので、花数が減ったようだ。メジロやムクドリが蜜を吸いにやって来ている。受粉の状態がわからないので、摘果はこれからだ。花を取るのは少ないのでやめた。少し実がついて来たら、摘果を実行しようと思っている。2,3回くらいはやらないと、また思い切って一枝当たりの数を減らさないと大きな実は期待できない。根元に植えてある暖地桜桃もすでに花を終えている。昨年よりも少ない花数だ。交配がうまくいけばいいなと考えている。様子待ちだ。

 右の写真はサクランボの根元の暖地桜桃である。一番の主枝が葉芽をもって伸びていこうとしている。2年目にしては生育が今一だという感じがしている。がっちり根を下ろして成長過程に入っているとは言えないような成長ぶりだ。昨年は、もう1本、ナポレオンでも買って植えようかと思ったこともある。サクランボは、1本ではうまく受粉しない場合が多いそうだという話を聞いた。こちらの実は、今年はどのくらい成長するだろうか。楽しみでもあり、まだまだかもしれないなという気もする。小さいのに実を取っても仕方がないでないかという気もする。ひたすら成長させる事に専念させるような方向にもっていいような気もする。身の程を考えろという事だ。植木班に入って色々考えるようになった。

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大人の夏みかんのマーマレード

 2月に頂いた夏みかんでマーマレードを作ってみました。ネットで、レシピを見つけそれに従って作りました。ただし、砂糖は50%から60%入れるという量を破り、夏みかんの味がしっかり残るように30%(大人味)にしてみました。夏みかんの皮をよく束子で洗い、そのうえで皮をむいて実を分け、皮の方は1ミリから3ミリ幅で刻みました。総重量は1キロでした。実の方はまとめて冷蔵庫に入れ、刻んだ皮はボールに入れ、水を満たして一晩半さらして、渋を抜いた。翌日、今度は実を子袋に分け、その後刻んだ。鍋に入れ、弱火で煮た。水分が出てきた。昨日の皮を入れ、砂糖(三温糖)を300グラム入れて、煮詰めた。途中に見つけ出せるだけの種を取り除いた。

 熱いままで消毒した保存用のガラス瓶に入れて逆さにして冷やした。3つのビンに入るだけできた。味見したが、若干とろみが少ないような感じになったが、味は、純粋に夏みかんの味が楽しめるようなものになったと思う。初めて作ってみて、楽しい時間を作れた。これからも、さらに八朔、キンカンと幅を広げて作ってみようと思った。自分の食生活の幅が広がるのは、生きる感覚が広がるようで、充実感を覚える。新しい事をやるのは大事なことだと思った。一緒に食べて、経験を共有する事も価値あるものだと思う。植木の仕事の合間に、ランニングの合間に、バドミントンの合間に、読書の合間に、PCいじりの合間に、すんなりと取り組めたらいいなと思った。

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最後のPFの顛末

 昨年9月に咲いたPFの恵みが、1月の収穫となって、2月にしわしわなって食べごろを迎えた。今日、カットする。色の悪いのは、庭のPFで、大きいのはべランダのPF、どうかなと思ったが、味はほとんど同じで、カットすると強烈な甘づっぱい芳香を放ちつつ、気分を高揚させてくれた。氷とはちみつを入れて、ジュースとしていただいた。希少価値を感じた一瞬であるが、それが心地よい。少ない収穫であったが、楽しめた。来年は更に期待したい。

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2月1日に年賀状が届く

 2月1日に年賀状が届いた。会津のおじさんからものだ。現在93才である。届いてから、返事を書くといっておられた。まさにその通りに、返事をいただいた。そこには、この葉書を書いた顛末が書いてある。字はしっかりしているから素晴らしい。帰省するたびに訪れるおじさんとおばさんの家、ひとしきり話を伺って、元気をもらう。年とっても、こんな風に過ごしているのは、羨ましい生き方だなと思って家を後にする。その繰り返しをここ十年近く繰り返している。少しづつ、現在を顧みつつ、未来に向かって、歩みを進めていく。老いていきながら、年下の者に、その思いを伝えていく。それが大事なのだということを、刻み込ませてくれる。それ魅力だ。話は、現在の自分の状況から始まって、過去の戦争、そして戦後の混乱期と高度成長期と続いていく。その時その時に精一杯生きた話は、説得力があり、繰り返しでも、十分納得できるものである。自分のやりたいことを精一杯やることの価値を確認させてくれる一瞬である。

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1月雑感

 今日は31日である。これで1月も終わり、2月に入る。自分の生活を振り返る。若潮マラソンでサブフォーに滑り込め得たのはラッキーだった。走る距離は稼いだが、スピード練習と持久練習が不足していた。これからの練習の設計図が改めて示された格好になった。シルバーは、ぼちぼち仕事が入る。一つ一つの仕事に愛着を持とう。自分の仕事が少しづつ増えてきている。PCは、頓挫している。得意なPCを作ろうと、T60とT410とX220に特化している。なかなか充実した躯体が作れない。ハード面では満足できていない。ソフト面でも、DELPHIを追及出来ていない。ソフトウエアの開発には程遠い状態である。植物の勉強は奥が深い。不耕起栽培の本を読んだが、納得するところも多いのだが、そこまでだ。キンカンが収穫時期だ。

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戦を終えて・・・走り終わってから考えたこと

 ゴールしてから、テントに行き、麦茶をいただいた。うまかった。それから、更衣室に行き着替えた、最初、シューズを脱ごうとしたが、紐を外して、間口を広くしないで、脱ごうとしたら袋ハギがつりそうになった。ゴール直後から、袋はぎには違和感を覚えていたが、疲労が極限になっているようだ。今月は、220キロを走破していたが、20キロ走は1回しかできていなかった。このことが、今日の30キロ以降の、足が重い症状に結びついているのだろう。今後の事を考えると、ひと月に2回は、20キロ、30キロ以上のRUNを入れていくことが今後求められるのではないだろうかという結論に達した。1キロ5分台は何とかクリアー出来たかなと思う。今後のRUNのエントリーまだしていない。サブフォーという一つの区切りは達成できたが、これで満足は出来ない。自分でできることを目標をもって生きていくこの姿勢は、続けたいと思った大会だった。

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我サブフォーに滑りこめり・・・館山若潮マラソン2017・1・29

 3度目のフルマラソン挑戦は、今日の館山若潮マラソン(初出場)だった。まだ暗い千葉中央駅を応援の妻と共にバスで館山に向かった。途中2車線から1車線になる君津の出口で少し渋滞したが、8時半過ぎには館山駅に到着した。館山駅には、義兄が応援に来ていた。シャトルバスで会場に着き、更衣をして、荷物を妻に預け、10時出発のために一路スタートラインに向かい、今度はサブフォー狙いなので、3時間半から4時間に走れるよというところに、陣取った。天気は快晴、気温も高い、上2枚、下1枚のいでたちで、スタートまでの緊張感を高めていた。ふと隣を見たら、暫くぶりに懐かしい顔を見つけ、声をかけた。やっぱり、W高時代の青年教師M君であった。懐かしさのあまり話題は、マラソンの事、W高時代の事やらいろいろで、あっという間に、スタート時間寸前を迎えていた。ベテランランナーM君の話ですっかり小生の緊張は解けていた。そして、号砲がなり、花火が上がりスタート、M君にはどんどん放されていったが、マイペースで洲崎の平砂浦海岸を右手に見ながら、走った。折り返しまでは、いい調子であったが、やはり30キロ過ぎから急に足が重くなり、スピードダウン、遅れを気にしながら、給水所では、アクエリアス、ババナ、プチシュークリーム、飴やらを補給しつつ、ゴールを目指した。内心では、今回は4時間を切れそうにもないかなという思いを抱きながら走っていた。ところが後1キロというところで傍らから、このままで4時間をネットタイムで切れるよ、という声で、元気が出た。最後の1キロを5分台で、走ろうという気になり、ゴールした。結果は、完走証をクリックして下さい。拡大してたぶん読めるでしょう。長い距離を余り練習できなかった事が、証明されたような試合だった。でも幸運だった。そして、応援してくれた妻や義兄夫婦、そして地元のみなさん、また、陰ながら応援してくれた皆さま方、ありがとうございました。さらに偶然出くわした、M君ありがとう。

走り終わって、両足の袋ハギは、ツル寸前だった。痛かった。でもその痛みは、時間と共に和らいだ、遅い昼食を義兄夫婦と地元の店でいただき、本当に充実した一日を終えた。

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2017年を書く!!!

 2017年 明けまして おめでとう ございます。

 

  今年も、宜しくお願い申し上げます。

 

 自然と人間の調和、自然の中で生かされる人間、それをテーマに自然と人間の優しい関係を求めていくことが必要かと考えています。世界は、自然と人間を対立と捉える人々とそうでないと考える人々で成り立っているようなきがします。この融合を目指さないと、人類の未来はないようにも思えます。磐梯山と穂を出した稲はそのことを教えているような気がします。

 

  プランターに植えた2本のトマトは、ミニと普通のトマトを、造り続けてくれました。何段にも枝を張り、これでもかと、実をならせてくれました。水がなくても必死に実を作ってくれました。時には皮が固くなりました。でも美味しかったです。なすは2本でしたが地植えの利を生かしてどんどん成長して大きくなり実をならしてくれました。多少硬くて、食べにくい所もありましたが、恵みをくれましたね。新鮮さが、おいしさに輪をかけてくれました。最後には、鳥も食べに来ましたね。命を全うしてくれてありがとう。なすはうまくて、すぐに虫に食われてしまいました。食われても食われても、成長を続けていましたね。

 

 1本だけ植えたキュウリは、途中で芯が食われて、成長中止、止まりましたね。でもその後に復活してやっと、1本、花から実をつけましたね。立派でした。それで終わりでしたね。隣はPFです。苗がたくさんあったのですが、花が咲き、受粉して実を結んだのは、全体で20個くらいでしたね。パンパンの実が、色づいて、しわしわになっていく熟成の仕方でしたね。見た目は悪いけど、種を含むその実は、とても酸味と甘みが効いて、素晴らしい味でしたね。もっともっと沢山の実を収穫できなかったことが、今年の反省です。

 来年は、もっと収穫できるように、動きます。

 地元の土地を、支えつつ、周りの木樹を確かめつつ、自然と、生活を近づけることを目標に生きていけたらなあと思います。共に頑張りましょう!!!

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白黒写真をカラーに 1970年台が蘇る

 小生の高校の卒業アルバムは白黒である。卒業は1970年代の初めである。従って、そこに映る同級生や後輩の姿は、白黒である。右の写真は、小生の部活の記念写真(会津高校陸上競技部)である。なぜか、カラーである。そうなのだ、今はWEB上で白黒ファイルを指定するとカラーにしてくれるサイトが無料であるのだ。そのことを11月にPC雑誌で知った小生は、試みてみた。その結果がこれだ。拡大するにはクリックしてください。すごい世の中になったようだ。この写真を見て、あの時の感情が、白黒の時とは全く違った感覚として、小生の中に感じられたことは間違いない。白黒がカラーになったより現実感を持ったことは、まぎれもない事実であり、その時の臨場感が強く感じられたことも、素直な感想である。変換された時の、感動はああそうだったなという感覚だった。

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使えるPCを作る ・・ X220i

 ヤオフクで、本体をゲット、システムボードにパスが掛かっていたので、システムボードを交換(やはりヤオフクでボードをゲット)、メモリを16GBまで拡張して、240GBのSSDを装着して、WIN764Bbitをインストした。すこぶる快調なマシンに変身した。早速、ヴァーチャルBOXをインストして、LINUXとWIN732bitを仮想PCとして導入、これも快適である。これからのメインPCとして、使用を前提に、いろいろインストしたいと思っている。それにしても5年前のPCだが、パーツの構成次第で、快適なマシンに変身する事がわかった。楽しい。

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シルバー植木班に入って早10か月

 2月に植木班になって早10か月、早いものである。2,3月と、数件の仕事があり、見よう見まねで、こなしてきた。4月からは本格的に仕事が入ってきた。どんどん、レベルの高いことを要求される。断れない。少しづつ、必死に覚えながら、こなしていく。一日が終わるの繰り返しを味わった。しかし日々に充実感があった。掃除をしてきれいになる喜び、自分が剪定して、さっぱりした様子。もちろん結果は出ない。でもきれいにして喜んでもらえる事が自分の励みになった。休む暇なく、続く仕事、つかの間の休息にも、仕事が付きまとい、考えている。でも楽しかったという言葉が、ぴったりした10ケ月だった。新しい年になり、自分で行う仕事が入ってきた、自分の価値が試される段階にきているのだと思う。自分の力で取り組んでいこう。そして、後に、時間の審判、樹木の生長にて審判を受けよう。命ある木と格闘と、お互いの幸せ。自宅の棕櫚はそのうち斬ろう。たぶん伐採になる。

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今年を振り返る・・本から

 この写真は、今年読んだ本のほとんど全てかも知れない。まとめて写真を撮ってみた。気が付くことは、世界史に関係する事が多いかなということな。それと日本史の特に戦後史に関することが、見て取れる。自分の関心が、世界と、日本の戦後に集中していることが、わかる。2016年は、もう終わる。21世紀の10年代は、どんな世界なのか、これから世界はどういう方向に進むのかが、わからないから、本を読むのかもしれない。今から100年前の1900年代の10年代は、第一次世界大戦で、もう戦争はいやだという空気が20年代に蔓延した。現代のもうテロとは決別だという空気もわからなくはない。でも現実は厳しい。アメリカは、孤立主義にむかうのか。??

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今を読む!!

 毎月、都図書館に行っては、10冊近くの本を借りて読む。その中で、気に入った本はほとんどネットで購入という生活を繰り返してきましたが、12月は写真の本を読んでいます。一番のお気に入りは『重力の本』です。一番身近で一番気に留めることのない当たり前の重力が、興味深く書かれています。ちと難しい向きもあるけれども、面白いと思えた1冊です。それと耕さないで作物を作る試みは現代農業に対する一つのメッセイジになると思いました。まだ全部読んでいません。植物の名前の由来はそれなりに面白かったと思います。その他の2冊は、評価が定まりません。毎月、図書館に行って、書物を借りるという行為は、自分が、いま、まだ興味を持って居ることが、説明できる行為ということで、自分確認の時間だと思います。

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新しいPF軍団成長す!

 10月以降に、挿し木で育った、10本くらいのPFの状況です。それまでは半分くらいが新しい芽と葉っぱを出していたのですが、ここにきて、全部が、小さい新しい葉っぱを出してくれるようになりました。気が付いたら、出ていました。うれしい限りです。これからは、寒さに負けず、水やりを工夫しながら、成長させてやりたいなと思っています。

 昨年の反省を踏まえると、的確な水やりと、各鉢の、充分なる観察が、苗の成長に深く関わっていると思いますので、気をつけたいと思っています。ベランダの3本の命運がかかっていますので、注意してやりたいと思っています。

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PFその後、異聞!!!

 第一次収穫期9月を過ぎて、残ったのは、全部で5個、庭の鉢で2個、ベランダで3個である。この写真はベランダの2個である。まだ、色が十分でない。もう少しで紫が入るとみられるがわからない。全体の葉っぱの色はもう黄色くなってきている。どうだろうか。冬を越せるだろうかという事である。今年のPFは全体で20個くらいの収穫である。来年は50個を目指したい。冬を越しての4月のスタートダッシュがその勝敗を分ける。すなわち、どれだけ6月までに花芽を多くつけさせる事ができるかという事である。現在部屋の中では、挿し木下枝を10本ほど、鉢を移し替えて製作中である。冬の間に、少しでも成長して、伸びる枝を作ってもらえれば、来年はかなり期待できると思う。今年の枝の越冬を願う。

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勉強そしてまた勉強、まだ足りない!!!

 2月より、植木班に所属し、植木の剪定をここ10か月ばかり、行ってきた。全くの素人で、一から教わることばかりであった。千葉都市緑化園の講習会も1か月に1度だし、仕事は4月以降どんどん入ってくる。現場での実践がそのまま、自分のキャリアに生活が、4月以降続いた。身についているだろうかという不安の声に答えてくれたのがこの写真の本などである。特に葉っぱでわかる本は、大変役に立った。また、3巻本の庭木の本は、現場の木々がどういうものかよく教えてくれた。しかし、わからない事も多く、悩んだこともあった。剪定の仕方を書いた本が、増えることを望みたい。また、植物全体を体系化した本も欲しいということを、実感した1年だった。命ある木を剪定するということは、それだけ責任が重いという事か。

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